認知症徘徊列車事故訴訟・最高裁判所判決への見解
認知症徘徊列車事故訴訟・最高裁判所判決への見解
標題 認知症徘徊列車事故訴訟・最高裁判所判決への見解
日付 2016年3月15日
発信者 社会福祉専門職団体協議会(特定非営利活動法人日本ソーシャルワーカー協会 会長 岡本民夫、公益社団法人日本社会福祉士会 会長 鎌倉克英、公益社団法人日本医療社会福祉協会 会長 早坂由美子、公益社団法人日本精神保健福祉士協会 会長 柏木一惠)
ソーシャルワーク教育団体連絡協議会(一般社団法人日本社会福祉士養成校協会 会長 長谷川匡俊、一般社団法人日本精神保健福祉士養成校協会 会長 伊東秀幸、一般社団法人日本社会福祉教育学校連盟 会長 二木立)
■最高裁判所判決の概要
駅構内の線路に立ち入り列車と衝突して死亡した認知症の男性の遺族に対し、JR東海が約720万円の損害賠償を求めた訴訟で、本年3月1日、最高裁判所は「家族に賠償責任はない」との判断を示し、JR東海の上告を棄却した。この裁判は責任能力のない人が第三者に与えた損害は、「監督義務者が負う」とする民法の規定をめぐり、家族が監督義務者にあたるかが争点であった。最高裁判所は、認知症の人を容易に監督できる場合は、家族が賠償責任を負うことがあると指摘する一方で、今回の判決は、妻や長男が「監督可能な状況だったとは認められない」としてJR東海側の請求を退けた。
■ソーシャルワーカー団体及びソーシャルワーク教育団体としての見解
医療や福祉・介護の現場で認知症の人や家族と深く関わり、地域で安心して暮らしていくことを支援しているソーシャルワーカー団体及びソーシャルワーク教育団体として、私たちは、この裁判が今後のわが国の認知症ケアや家族介護に大きな影響を与えるものとの危機感を抱き、意見を表明してきた。徘徊のある認知症の人を家族が介護することの厳しい現実の中で、家族が「家族である」というだけで責任を問われることになれば、在宅介護、地域ケアのハードルをさらに上げてしまうことになったであろう。最高裁判所判決は、その現実を踏まえた妥当な判断であったと評価できよう。
一方で、今回の判決は、監督義務者に準じる立場の具体的な基準を示し、介護を担う人の年齢や能力、生活状況によっては賠償責任が認められる余地を残しており、個々の事例ごとに解釈や判断が委ねられる形となった。
賠償請求を棄却した根拠として、妻が高齢であること、息子が別居していること等が挙げられており、見方によっては、懸命に介護する家族であればあるほど重い責任を負うことにもなりかねず、今後に課題を残していると言わざるを得ない。
また、「法定の監督義務者でなくても、責任無能力者との関係や日常生活でのかかわりの程度から、第三者への加害行為を防ぐため実際に監督しているなど監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情がある場合は、監督義務者に準じる者として民法714条が類推で適用される」となると、認知症の人をケアする介護施設等にも賠償責任を問えるという解釈を可能とし、医療や介護のサービス等を提供する事業所にとっては重要な意味をもつ判決となったと言える。このことにより、家族にあっては、介護を忌避して早期に入院や入所を促進し、施設にあっては、行動制限や管理監視を厳しくすることとなり、当事者の自由が制限されるという結果につながってしまえば、今回の画期的とも言われる最高裁判所判決が無に帰してしまう。
他方で、認知症と思われる人が、自動車運転中の事故や、失火による火災を起こすなどの事件も発生しており、監督義務者がいない場合における被害者救済についても社会全体で受け止め、法整備や公的な保障のあり方も含めて、検討していかなければならない。2025年には700万人を超えるという認知症は、本人や家族をはじめ誰もが直面しうるものであり、その介護は、少子高齢化と相まって社会全体で考えなければならない課題と言える。
今回の最高裁判所判決を契機として、共生社会の実現を目指し、認知症の人やその家族が安心して生活をすることができる地域づくりと合わせて、そのリスクも社会全体で分かち合う仕組み作りが求められており、早急に検討の場を設定することを要望する。
■私たちの今後の取り組み
認知症の人をはじめとして誰もが住み慣れた場所で望む暮らしを実現することは、超高齢社会における喫緊の課題である。前述の検討の場への参画をはじめとして、認知症への理解を深めるための普及活動、家族が孤立・疲弊しないための支援の充実、地域の特性に応じた見守り体制の創出、地域全体の福祉力を底上げしていく様々な取り組みに、私たちがなお一層積極的に参画し、力を結集していく所存である。
以上
標題 認知症徘徊列車事故訴訟・最高裁判所判決への見解
日付 2016年3月15日
発信者 社会福祉専門職団体協議会(特定非営利活動法人日本ソーシャルワーカー協会 会長 岡本民夫、公益社団法人日本社会福祉士会 会長 鎌倉克英、公益社団法人日本医療社会福祉協会 会長 早坂由美子、公益社団法人日本精神保健福祉士協会 会長 柏木一惠)
ソーシャルワーク教育団体連絡協議会(一般社団法人日本社会福祉士養成校協会 会長 長谷川匡俊、一般社団法人日本精神保健福祉士養成校協会 会長 伊東秀幸、一般社団法人日本社会福祉教育学校連盟 会長 二木立)
■最高裁判所判決の概要
駅構内の線路に立ち入り列車と衝突して死亡した認知症の男性の遺族に対し、JR東海が約720万円の損害賠償を求めた訴訟で、本年3月1日、最高裁判所は「家族に賠償責任はない」との判断を示し、JR東海の上告を棄却した。この裁判は責任能力のない人が第三者に与えた損害は、「監督義務者が負う」とする民法の規定をめぐり、家族が監督義務者にあたるかが争点であった。最高裁判所は、認知症の人を容易に監督できる場合は、家族が賠償責任を負うことがあると指摘する一方で、今回の判決は、妻や長男が「監督可能な状況だったとは認められない」としてJR東海側の請求を退けた。
■ソーシャルワーカー団体及びソーシャルワーク教育団体としての見解
医療や福祉・介護の現場で認知症の人や家族と深く関わり、地域で安心して暮らしていくことを支援しているソーシャルワーカー団体及びソーシャルワーク教育団体として、私たちは、この裁判が今後のわが国の認知症ケアや家族介護に大きな影響を与えるものとの危機感を抱き、意見を表明してきた。徘徊のある認知症の人を家族が介護することの厳しい現実の中で、家族が「家族である」というだけで責任を問われることになれば、在宅介護、地域ケアのハードルをさらに上げてしまうことになったであろう。最高裁判所判決は、その現実を踏まえた妥当な判断であったと評価できよう。
一方で、今回の判決は、監督義務者に準じる立場の具体的な基準を示し、介護を担う人の年齢や能力、生活状況によっては賠償責任が認められる余地を残しており、個々の事例ごとに解釈や判断が委ねられる形となった。
賠償請求を棄却した根拠として、妻が高齢であること、息子が別居していること等が挙げられており、見方によっては、懸命に介護する家族であればあるほど重い責任を負うことにもなりかねず、今後に課題を残していると言わざるを得ない。
また、「法定の監督義務者でなくても、責任無能力者との関係や日常生活でのかかわりの程度から、第三者への加害行為を防ぐため実際に監督しているなど監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情がある場合は、監督義務者に準じる者として民法714条が類推で適用される」となると、認知症の人をケアする介護施設等にも賠償責任を問えるという解釈を可能とし、医療や介護のサービス等を提供する事業所にとっては重要な意味をもつ判決となったと言える。このことにより、家族にあっては、介護を忌避して早期に入院や入所を促進し、施設にあっては、行動制限や管理監視を厳しくすることとなり、当事者の自由が制限されるという結果につながってしまえば、今回の画期的とも言われる最高裁判所判決が無に帰してしまう。
他方で、認知症と思われる人が、自動車運転中の事故や、失火による火災を起こすなどの事件も発生しており、監督義務者がいない場合における被害者救済についても社会全体で受け止め、法整備や公的な保障のあり方も含めて、検討していかなければならない。2025年には700万人を超えるという認知症は、本人や家族をはじめ誰もが直面しうるものであり、その介護は、少子高齢化と相まって社会全体で考えなければならない課題と言える。
今回の最高裁判所判決を契機として、共生社会の実現を目指し、認知症の人やその家族が安心して生活をすることができる地域づくりと合わせて、そのリスクも社会全体で分かち合う仕組み作りが求められており、早急に検討の場を設定することを要望する。
■私たちの今後の取り組み
認知症の人をはじめとして誰もが住み慣れた場所で望む暮らしを実現することは、超高齢社会における喫緊の課題である。前述の検討の場への参画をはじめとして、認知症への理解を深めるための普及活動、家族が孤立・疲弊しないための支援の充実、地域の特性に応じた見守り体制の創出、地域全体の福祉力を底上げしていく様々な取り組みに、私たちがなお一層積極的に参画し、力を結集していく所存である。
以上